【長期レビュー】MacBook Proを買って分かった、iPad Proの「立ち位置」

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MacBook ProとiPad Proを同時に使っているところを見られたとき、あるいは両方持っていることを話したとき、こんなことを聞かれたりします。

  • それぞれ、何に使っているんですか?
  • どちらか一方で足りるんじゃないですか?

たしかに、作業内容だけを見ればそう思われても不思議ではありません。

実際、以前よりも使用頻度が下がった端末もあります。

それでも、手放す気にはなっていない。

この2台は、単純に役割分担できる道具というより、考え方の段階ごとに居場所が違う存在になっているからです。

この記事では、iPad Proを「買ってよかったか」「失敗だったか」で評価するつもりはありません。

また、効率的な使い分けや活用術を紹介する記事にするつもりもありません。

iPad Proを「すべて任せる端末」として選び、その後MacBook Proが主役になり、それでもなおiPad Proが手元に残り続けている。

その過程を振り返りながら、この端末が自分の中でどんな立ち位置に落ち着いたのかを、正直に整理する。

そんな記事になります。

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はじめに

iPad Proを「全てを任せる端末」に仕立てようとしていた

筆者がiPad Proを導入したのは、2025年の1月。

当時使っていたパソコンは5年以上使用しており、バッテリーや性能の劣化が気になり始めていたこと。

加えて、作業場所が固定されがちな点に、次第に窮屈さを感じていました。

普段パソコンでは、プログラミング教室やワークショップ用の資料作成、ブログ記事の執筆やアウトライン整理、画像作成などを実施。

いずれも「考える・まとめる・伝える」といった作業を中心にこなしていました。

そして、次の選択肢として、パソコンの買い替えだけでなくiPad Proを候補に挙げました。

それは、性能面では当時のパソコンを上回り、操作感はスマートフォンに近いこと。

キーボードやペンを組み合わせれば、作業内容に応じて使い方を変えられる点にも魅力を感じていたからです。

iPad Proに必要なものを集約すれば、自宅でも外出先でも同じ感覚で作業できる。

その環境を持ち歩けることが、まさに理想の姿でした。

そして、購入直後は、その期待どおりに使えていました。

Keynoteで資料を作り、Apple Pencilで考えを整理し、プログラミングクラブの講義もiPad Pro一台でやり切る。

資料を作りきったときや、講義を終えたときには、素直にこう思いました。

「これは、いけるかもしれない。」

iPad Proを「全てを任せる端末」として使える可能性は、確かに感じられていたのです。

MacBook Proを使い始めて、iPad Proは主役ではなくなった

iPad ProからMacBook Proへの「主役交代」

しかし現在、作業の中心は明確にMacBook Proへと移っています。

なぜそうなったのか。

振り返ると、「iPad Proの性能が足りなくなったから」というよりも、自分が求めていること、求められること自体が変わっていったからでした。

たとえば資料作成ひとつ取っても、当初はKeynote形式で問題なかったものが、「全体に共有できる形にしてほしい」といった理由からPowerPoint形式での作成をする方針へ変更。

また、講義やワークショップの場面でも変化がありました。

経験者よりも初心者の割合が増えるにつれ、スライドを見せるだけでなく、実機を使ったデモンストレーションを行ったほうが理解が進む場面が増加。

こうした変化は、偶然にもiPad Proの弱点となる部分をかなり正確に突いていたのです。

結果として、資料作成、デモ、説明といった作業はMacBook Proで行う方が自然になりました。

意識して切り替えたというより、環境や要求に合わせて、iPad ProからMacBook Proへ主役が移っていった、という表現が一番近いです。

次第にiPad Proの使用頻度が下がっていった

主役交代が起こったあと、iPad Proの使用頻度は次第に下がっていきました。

同じような作業をiPad ProとMacBook Proで行ってみると、はっきりとした違いが出ました。

iPad Proでは1〜2時間ほどで区切りを入れたくなっていた作業が、MacBook Proでは「気がついたら数時間経っていた」と感じるくらい、自然に集中し続けられる。

意図してそうなったわけではありません。

ただ、体が「こちらの方が快適だ」と感じ、無意識のうちにMacBook Proを選ぶようになっていたのです。

その結果、作業以外の場面も含めて、iPad Proを手に取る機会は確実に減っていきました。

使用時間という数字だけを見れば、以前より明らかに少なくなっているのは間違えありません。

ただ、この変化を「iPad Proの価値が下がった」とは感じませんでした。

主役を降りたあと、少し宙に浮いたような立場にいるiPad Pro。

仕事の中心ではなくなりましたが、かといって不要になったわけでもないのです。

それはなぜなのか。

iPad Proが「何を担う端末になったのか」は、この時点では自分でもうまく言葉にできていませんでした。

ただ一つはっきりしていたのは、iPad Proで行うことが、「完成させる作業」から「途中の思考を扱うこと」へと変わっていったということでした。

なぜ使用頻度が下がっても手放さなかったのか。

なぜこの端末を、今も使い続けているのか。

その理由について、次の章で整理していきます。

iPad Proで生まれた考えは、ほとんど完成しない

なぜ使用頻度が下がっても手放さなかったのか、なぜこの端末を、今も使い続けているのか。

結論、完成形になることを気にせず、自身の考えを発散できる「アイデアを出す上では欠かせない端末」だからです。

大前提、iPad Proで生まれた考えやアイデアは、その場で完成することがほとんどないありません。

むしろ、ほとんどは完成しないまま終了します。

外出先で思いついたことを、メモとして書き残す。

少し整理して、箇条書きにしたり、図のような形にしたりもする。

けれど、その多くはそのままiPad Proの中に留まり、後からMacBook Proで続きを書かれることはありません。

一部の考えだけが、MacBook Proに移動していく。

文章としてもう少し深く掘り下げられそうなもの、ある程度の輪郭が見えたものだけが、「ちゃんと向き合う対象」として選ばれていく。

それ以外の考えは、言語化されないまま残るか、あるいは、いつの間にか忘れ去られていく。

アイデアとは、こういった場所から突然生まれるものであると、薄々理解していました。

気づいたことや、引っかかった感情、その瞬間に考えたことを積み重ねていくこと自体に意味があるのです。

すべてがアウトプットになる必要はなく、むしろ、ほとんどはそうならないのが自然なこと。

実際、iPad Proに残っているメモの多くは、そのまま使われずに終わります。

言語化しようとしてみたものの、深掘りする途中で手応えが薄れ、そこで止めてしまったものも少なくありません。

iPad Proの中で生まれた考えは、すべてが完成を目指すわけではない。

選別され、時には研ぎ澄まされ、そして多くは、静かにその役目を終えていく。

研ぎ澄まされる前の考え・アイデアの種を貯めていく場所、これこそがiPad Proの役割なのです。

iPad Proで「やらないこと」

iPad Proは万能ではない。そして、万能である必要もない

前述の通り、筆者がiPad ProからMacBook Proへ主役を移した理由は「iPad Proでは要求している役割を果たすことができなかったから」です。

そして、iPad Proは「研ぎ澄まされる前の考え・アイデアの種を貯めていく場所」と受け入れたことで、やらないことがハッキリしました。

  • 自宅での記事執筆
  • 副業で使用する資料の作成・修正
  • ワークショップ、クラブでの資料展開
  • エンジニア領域の作業

これらの領域はiPad Proではやらないようにしています。

やらないことの中には「できないこと」も含まれますが、今後iPad OSが新しくなって出来るようになってもやることはありません。

なぜなら、これらは「集中して完成させる必要があり、責任が伴うもの」だからです。

実際、集中して責任を持って完成させる必要があるものはMacBook Proを使って作業した方がいいのは間違えありません。

その事実や役割が定まっている以上、無理に変える必要もないし、万能にして「寄せる」必要もないのです。

iPad Proは「構えない、自由に考えられる場所」

何かについて考えたいとき、特に思考の初期段階では、「構え」が邪魔になることがあります。

構えとは、質の高いアウトプットを出さなければならない、完成形を意識した状態で考えてしまうこと。

iPad Proは、その構えを後回しにできるのです。

最初からキーボードを使う必要はなく、必要になった瞬間だけ連れてくればいい。

Apple Pencilを使って、紙に書くような感覚でメモを取ることもできる。

カバンに無造作に入れて、外に持ち出し、思いついたときにさっと開ける。

この身軽さと柔軟さが、考えを広げるうえでの安心感につながっている。

最近の使い方を振り返ると

  • 記事のテーマを思いついたとき
  • 外出先でAIと壁打ちしたいと感じたとき
  • あるいは気分転換に何かを学びたいとき

「腰を据えるほどではないが、考えたい」場面がほとんどなのです。

主役にならなかったが、手放さなかった理由

結局のところ、この記事で伝えたかったことは何か。

MacBook Proを導入してから、iPad Proの使用頻度は確実に下がりました。

ただし、それと同時に価値が下がったわけではありません。

iPad Proは「何かを仕上げ、完成させるための道具」ではない。

腰を据える前に選別される前の原石を見つけ、一時的に預けておく場所である。

要は最初から、求めていた役割が違っていたということです。

  • いつでも、どこでも思考を外に出せる場所があること
  • 気軽に持ち出し、考えを広げられること

この二つを同時に満たせる端末は、筆者にとってはiPad Proだけでした。

記事を書くためというより、考え続けるために。

その意味で、この端末は今も手元にあります。

考え続ける、そのための場所として。

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